2006/09/02

As the price of freedom …


友人3人と会って食事しました。

A 某鉄道会社勤務
  月給:平均的
  残業:ほとんどない

B 某通信会社勤務
  月給:やや高い
  残業:週3回2~3時間、残業代全額支給

C 某食品会社勤務
  月給:やや低い
  残業:毎日4~5時間、ほとんどサービス残業

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自民党の総裁選挙が行われます。
私と同郷の首相候補は、
「努力する人が報われる社会でなければならない・・・」
と演説で言ってましたが、

「自由な社会」=「努力する人が報われない可能性のある社会」なわけで、
すなわち
「自由な社会」=「努力しない人も報われる?可能性のある社会」なわけで、

迷路の中をどんなに頑張って走っても、
道順を間違うといつまでもゴールにたどり着けないのに、
実はショートカットの裏技があったりするわけです。

マラソンみたいに順路が指定してあれば、
頑張って速く走った人から順番にゴールするんですけど。

リベラリズムの中にあって、自己決定がすべての基本とされ、
はたして「努力する人が報われる社会」は実現できるのでしょうか?

選択する・判断するという行動は、厳密に言えば、時間という次元を持たない
真に「一瞬」の行動です。
現状、その「一瞬」を覆そうとするとき、莫大な時間と労力を費やさなければなりません。
現状、周囲の様々な束縛から開放された状態で合理的に「一瞬」を迎えられる人が、
報われた人、成功した人、勝ち組?なんてことになってるわけです。

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とにかく
私は「努力」って言葉がとても嫌いです。
行動そのものは非常に重要ですが、言葉の使われ方が嫌な時が多い。

現状、「結果」がそれまでの過程をすべて物語ってくれるわけです。

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